事業団について

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プロフィール


プロフィール

写真:光と愛とロゴ

題字は常陸宮妃華子さま

読売光と愛の事業団は1961年に視覚障害者を支援する「光のプレゼント運動」を始めたのがルーツです。その後、重症心身障害児や施設を支援する「愛のプレゼント運動」、児童養護施設の援助などへと事業を拡大、2001年11月にはそれまでの財団法人から社会福祉法人へと衣替えしました。「自立」や「社会参加」をキーワードに大きく変わろうとしている新世紀の福祉現場。その要請にこたえるべく、特別養護老人ホームの建設など新たな歩みを始めた事業団に、皆さんのご理解、ご支援をお願いいたします。


事業団の生い立ち

1960年、米軍極東放送(埼玉県・朝霞)のロバート・ニーマンさんは、肺炎にかかった愛児が奇跡的に助かったことに感謝し、横浜の貧しい盲目の少女に手術費用を提供、開眼に成功しました。その後も多くの人々の支援を受けて、開眼可能な子供たちに治療費を援助、70人に〈光〉をプレゼントしました。翌年春、任務を終えて帰国するニーマンさんは、この事業を読売新聞社に託して日本を去りました。同年、「読売光のプレゼント協会」が設立され、光のプレゼントが始まりました。

1968年、東京・神田の医師が、心身障害で寝たきりの愛児を絞殺、自分はガス自殺を図りました。このことから、障害児問題の深刻さに心を痛めた栗林商船の栗林友二会長が読売新聞社を訪れ、「心身障害児の援護資金に」と2,000万円を寄託されました。読売新聞社ではこれに応え、社からも基金を拠出して、翌1969年3月、「読売愛のプレゼント協会」を設立(認可は1970年)して、愛のプレゼント運動がスタート。心身障害児だけでなく、社会的に恵まれない人々へと、愛の輪を広げました。

「光」と「愛」の姉妹協会は、より強力に運動を展開するため、1971年に合併して、財団法人「読売光と愛の事業団」に発展しました。東京本部のほか、大阪、西部、中部の各支部を設置、読売新聞社と協力して、全国規模の事業とともに、地域に密着したさまざまな福祉活動を推進してきました。2001年には社会福祉法人に組織変更しました。

写真:ロバート・ニーマン氏と当時の皇太子ご夫妻
写真キャプション 光のプレゼント運動の恩人ニーマンさんと
務台光雄理事長を励まされる皇太子ご夫妻
(1971年当時、東宮御所で)

当事業団の理事、評議員は次の通りです
                   (2010年6月現在)
 
理事長
  • 長尾 立子 (全国社会福祉協議会名誉会長)
常務理事
  • 杉山 美邦(読売新聞東京本社経理局長)
理事・評議員
  • 栗林 定友 (栗林商船会長)
  • 江草 安彦 (日本重症児福祉協会理事長)
  • 本間 昭雄 (聖明福祉協会理事長)
  • 沢   充 (日本大学医学部教授)
  • 草野 時治 (秋津療育園理事長)
  • 福島 一雄 (共生会理事長)
  • 金井 淳   (順天堂大学医学部名誉教授)
  • 渡辺 恒雄 (読売新聞グループ本社会長)
  • 内山 斉  (読売新聞グループ本社社長)
  • 日高 昇一(特別養護老人ホーム施設長)
  • 尾上 達郎(読売光と愛の事業団)
監事
  • 山本由記雄(東京都多摩北部医療センター名誉院長)
  • 神部 健一(弁護士、公認会計士)
評議員
  • 矢谷 令子 (日本リハビリテーション振興会理事長)
  • 栗林徳五郎 (南洋貿易会長)
  • 京極 高宣 (中央障害者施策推進協議会委員)
  • 岩崎 光洋 (学習院女子大学教授)
  • 野村吉太郎(弁護士)
  • 熊谷 公明 (小さき花の園名誉園長)
  • 田中 徹ニ (日本点字図書館理事長)
  • 笹森 貞子 (元認知症の人と家族の会理事)
  • 栗原 小巻 (女優)
  • 久田 則夫 (日本女子大学人間社会学部教授)
  • 上原 武  (民生委員・児童委員)
  • 森川 靄子 (元NHKアナウンサー)
  • 江上久美子 (点訳グループ代表)
  • 牧 新一郎 (緑と愛の会理事)

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