読売福祉文化賞

読売福祉文化賞2011年受賞者(2011年12月)

読売福祉文化賞2011年は、全国から110件の応募があり、受賞者1個人、5団体が決まりました。一般部門は、オリジナルの建材づくりで障害者を支援する千葉県流山市の橋田隆明さんのほか2団体、高齢者福祉部門では地産地消の食堂を運営する青森市の「NPO法人活き粋あさむし」など3団体が選ばれました。

<一般部門>

▽橋田隆明さん(67)(千葉県流山市)

橋田さんが考案したエコ平板は、レンガやタイルなどの廃材を無作為に埋め込んで作るモザイク模様の装飾建材です。型に流したモルタルに廃材を埋め込む技術で特許をとり、障害者に制作してもらいます。技術習得によって工賃アップや能力開発などにつながります。プロジェクトは現在、特別支援学校など全国11か所に広がっています。

タイルの配置には、障害者の感性やこだわりが前面に表れるそうです。手作りの温かみと、芸術性にも富む製品は、全国の公園や広場、施設の床や壁面など200か所以上で使われています。
橋田さんは海外での技術指導にも熱心です。地雷などで障害を負ったアフガニスタンの人や、エイズで親を亡くしたアフリカ南部レソトの子供らの自立を後押ししています。

今は東日本大震災で出た木材などがれきの再利用に力を入れています。すでに宮城県の福祉作業所などで制作が始まっており、被災した障害者の生活再建、地域復興を支える力となりそうです。橋田さんは「障害者のパワーに多くの人の関心と理解が得られれば幸せ」と話しています。

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 エコ平板づくりで障害者を支援する橋田さん

▽NPO法人ゆめ風基金(大阪市)

3月の東日本大震災が発生した直後から被災地にスタッフを派遣しました。生活に困っている障害者から情報収集し、岩手、宮城、福島3県に支援拠点「被災地障害者センター」を開設しました。ボランティアが常駐し、救援物資の輸送、介助のほか、県外に避難する費用や全半壊したグループホーム、作業所の再建援助などさまざまなニーズにこたえています。 

ゆめ風基金は、阪神大震災が起きた1995年、行政の支援が行き届かない被災障害者を手助けしようと代表理事の牧口一二さん(74)らが設立しました。タレントの永六輔さんら著名人の協力も得て約3億円を集め、東日本大震災や新潟県中越沖地震やトルコ西部地震など国内外の被災地に計約1億5600万円(10月末現在)の義援金を贈りました。 

行政などに対しては、災害前の備えや避難・支援方法などを冊子にまとめ、障害者の立場から提言もしました。牧口代表理事は「災害が起きた時、障害者は置き去りにされ、孤立してしまう。行政は支援のスピードが遅くなりがちだが、NPOは素早い判断のもと、支援が必要な被災者に重点的に資金などを投入できる。普段からのつながりを生かし、息の長い支援をしていきたい」と話しています。

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 メンバーと意見交換する牧口さん(右から2人目)

▽NPO法人クーピーファッションアートグループ(沖縄県読谷村)


アトリエを兼ねた事務所には、障害者の作品がいくつも飾られています。個性的なデッサン、常識にとらわれない色遣い――。どれも発想が自由で力強いのが特徴です。

障害者が秘める芸術的才能に着目した理事長の仲本薫さん(56)の呼びかけで、2001年に発足しました。「障害者はアーティストだ!」との思いのもと、芸術を通して障害者と健常者の垣根を取り払う取り組みが始まり、沖縄から東京、神奈川、愛知、ベトナムへと広がっています。

活動の一つは「ビッグアート」。障害者が描いた原画をもとに、障害のある人もない人も一緒になって巨大な絵を完成させるイベントを各地で開催。作品は空港などの公共施設やイベント会場などで展示しています。作品づくりを通じて才能を開花させる障害者もおり、家族や福祉施設関係者からは「明るく積極的になった」との声が寄せられているそうです。

事務局スタッフの中村峻さん(25)は「誰でも欠けている部分と光る才能がある。そこに障害者も健常者もなく、今後も両者をつなぐ架け橋になりたい」と話しています。

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 ビッグアートを楽しむ子ども(クーピーファッションアートグループ提供)

<高齢者福祉部門>


▽NPO法人活き粋あさむし
(青森市)


青森市の奥座敷、浅虫温泉の駅近くにある「浅めし食堂」は、昼食時になると、地域のお年寄りが次々とやって来ます。すいとんやダイコンの煮物などを味わいながら、世間話に花を咲かせます。利用者の近藤ちえさん(92)はほぼ毎日訪れそうです。「知り合いと話せるし、栄養もいっぱい。この食堂は本当に助かるね」と笑顔を見せました。食堂に来られない人のために弁当も配達しており、こちらも好評だそうです。

理事長で内科医でもある石木基夫さん(54)は、往診の際に一人暮らしの高齢者の食生活が気になりました。栄養が偏っていたり、1人だけで食事をしていたり。「栄養いっぱいの食事と交流する場所が必要だ」と2003年に食堂をオープンしました。

人気メニューの日替わり定食に使う野菜のほとんどは、10キロほど離れた農園で栽培します。耕作放棄地を再び農地として利用しています。食堂、農園ともビジネスと位置づけ、若者らの雇用の場も創出しました。石木さんは「若者も高齢者も元気に住み続けられる地域にしていきたい。受賞は大きな励みになる」と、サービス内容の充実に意欲を見せています。

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 憩いの場にもなっている「浅めし食堂」

▽すずの会(川崎市)

「こんにちは」「おじゃまします」――。代表の鈴木恵子さん(64)の自宅に、近所のお年寄りや親子連れ十数人が集まります。会が主催するご近所サークル「ダイヤモンドクラブ」の参加者です。持ち寄った料理や菓子を食べながら、家族や近所の近況を語り合います。都市部では住民同士の結びつきが希薄になり、特にお年寄りは孤立しがちですが、日ごろから顔なじみなら万が一の時も気兼ねなく接することができます。


参加して10年近くになる下村ヤイさん(92)は、「会のおかげでいつも楽しく過ごしています。私の生きがい」と話します。クラブは、希望者が好きな時に自宅で開くというルールがあるだけで、そんな気軽さがご近所付き合いの輪を広げているようです。

すずの会は1995年、母親を約10年間介護した鈴木さんが、同じように介護で苦労している家族を支えようと設立しました。グループの名前は、「困った時は気軽に呼び鈴を鳴らしてほしい」との思いが込められています。

会員は、地元住民約60人。年代は40~80歳代と幅広く、介護が必要な高齢者の通院に付き添ったり、認知症でも入院できる病院を紹介したりと、地域に根ざした活動を続いています。「高齢者が安心して暮らせるように、これからも地域の応援団であり続けたい」。鈴木さんの言葉には力がこもっています。

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 ご近所の輪を広げるダイヤモンドクラブの参加者

▽NPO法人住宅支援びんごNPOセンター(広島県尾道市)

定収入がないお年寄り、配偶者の暴力から逃れてきた子供連れの女性、言葉が通じにくい外国人……。保証人もおらず、賃貸住宅を借りられない人のために、不動産管理会社社長の高橋大蔵さん(55)が2009年2月、法人を設立しました。センターの仲介で現在は37世帯が入居、生活相談にも乗っています。

広島県東部の尾道、福山両市と支援協定を結んでいます。役所の紹介で訪ねて来るお年寄りらの話に、高橋さんら10人のスタッフが耳を傾けます。音信不通の家族を捜したり、家主と粘り強く交渉したりと、住まい探しは一筋縄ではいかないそうです。せっかく入居にこぎつけても、突然、依頼者が行方不明になるケースなどトラブルは絶えず、かなりの経費が持ち出しになります。

それでも活動を続けているのは、高橋さん自身が交通遺児として育ったからです。中学1年で父親を亡くし、奨学金で高校、大学に進学。「受けた恩は社会に返さなければ」との思いが原動力です。

「困っている人が圧倒的に多く、物件が少ない。貸してくれる協力者を増やさないと」。家主向けに隔月で開いている無料相談会、講演など地道な啓発活動に積極的に取り組んでいます。

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入居支援について話し合うスタッフ